クラファンにとって民族音楽ってどう?
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NGNG>ethnicな要素からまったく無縁の音楽を見つける方が難しい。
それは当然のこと。
>音楽の優劣を経済規模で図ろうとすることよりつまらんことはないよ。
曲解はいけないね。私の言っている「優位」とは「芸術的観点から見た音楽の優劣」という意味での優位ではない。(もっともクラシックの普遍性を信じている人間はクラシックの芸術的優越性を主張するだろうけど)
私が言っているのは「欧米的音楽理論が経済的背景によりその他の音楽文化を破壊している」という点でクラシック音楽が優位にあるということ。
問題なのは、「経済的背景(原因)→他の音楽文化を圧倒」という構図を「もともと他の音楽文化を圧倒する力がクラシック音楽にある(原因)→経済的優位(結果)」と勘違いしている人間が多いということ。(これが普遍性への幻想なんだけど)
そういう勘違い君の典型が93だね。
本当は、「民族音楽を存続させる文化背景が欧米の植民地政策などよって破壊され、代わりに欧米の音楽文化を植え付けられた(原因)」
(例)キリスト教の宣教師が地域音楽を破壊して賛美歌を強制した
↓
「世界中を欧米の音楽理論が支配し、それ以外の音楽文化を修得し享受する可能性が破壊された(結果)」
あなたは完全に原因と結果を取り違えているよ。
それから、>>87の>楽譜という、一定のプロトコルがあって、再現が可能なメディアというのは、やはりコミュニケーションツールとして有用だと思うよ。
こんな言説はちゃんちゃらおかしいんだよ。「楽譜」なんてものはどんな文明音楽にも必ず存在するに決まっているだろうが。インド古代の楽譜、オスマン=トルコの楽譜、日本の雅楽の古譜、中国の減字譜、どれもヨーロッパの五線譜とは全く異なる。
>システマティックに構築されていることは認めるでしょう?
どこと比較しているの?東南アジアの異音性に対して? アラビアの微少音程に対して? 東アジアのコロトミー構造に対して? それとも2千〜3千の基本的音列を持つインドのラーガ理論に対して?
なにをもってシステマティックといっているのかさっぱりわかりません。
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