>>82
>非ヨーロッパ圏にも多くの重要な作品がある
それはどのような作品? まさか現代音楽はクラシック音楽の範囲には入っていないよね?それに南北アメリカの作曲家連中は民族的にはヨーロッパと同一だろう。
>その音楽理論・教育システムは全世界的に定着している
誰が教育され、誰が演奏しているか、ということはあまり本質的じゃないと思うけどね。あたかも大英帝国が植民地を支配したときに学校でイギリスの歴史しか教えなかったように、
今もまたアングロサクソン=ユダヤ式のグローバリズムが経済的優越を文化的優越に組み替えているだけだよ。
もっと簡単に言えば、「クラシック音楽は儲かる」のだよ! だから全世界から才能が発掘されているの。
ピアノやヴァイオリンの名手になるのと、シタールや胡弓の名手になるのとどちらが富を得るか、考えるまでもあるまい。アングロサクソン=ユダヤの需要がクラシック音楽を支えているんだよ。
>現在ではクラシック音楽はすでにヨーロッパのものでさえない
違うね。なによりヨーロッパ人自身(と民族的にはアメリカ人も)が「クラシック音楽は欧米人のものだ」とかたくなに信じている。
なぜウィーンフィルが最高だと言われるのか?それは技術もさることながら「民族的優位」「伝統的優位」これだよ。
一方で「クラシック音楽の普遍性」を説きながら、もう一方では「クラシック音楽における欧米の絶対的優位」を誇るというわけだ。
実に卑怯な言い分だね。結局、普遍性の中にヒエラルキーを持ち込むという、キリスト教的文化支配方法がここにも転用されているわけだ。
キリスト教を知らない者が(例えば極北や熱帯雨林に住む人が)ベートーベンの第九を聞いても「ハァ?」と思うだけだと思うね。