クラファンにとって民族音楽ってどう?
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NGNG>西欧クラシック音楽に憧れ、自分の国にもそれを取り入れようとした人は、
>日本を初めどこの国にもいたはずだ。西欧クラシック音楽の普及は、
>自国文化の否定につながるという考え方はあまりに短絡的だし、
>現実はその反対だろう。例えば邦楽が単なる伝統の継承に終始することなく、
>西欧クラシック音楽との間に音楽的な緊張関係を持つことで新たな表現を切り開いたことは重要。
まるで日本人がクラシックを主体的に取り入れようとしたかのような言いぐさはやめて欲しい。私は西洋音楽が他の民俗音楽を破壊するときに三通りの方法があると思っている。
一つは前にも行ったように欧米の支配者が伝統音楽を禁じ、直接破壊する場合。これは特に植民地支配に顕著。
二つ目に「近代化」を目的に各国政府が西洋音楽教育を強制すること。例えばフィリピンや日本などは典型。
つまり非ヨーロッパ世界にヨーロッパ音楽とその理論、具体的にはピアノやヴァイオリンといったヨーロッパの楽器、五線譜、ヨーロッパの音階と音感、ヨーロッパ的拍節感とリズム、音声及び和声音楽などが
ヨーロッパの音楽教育システムの強制によって支配的になるという構図だ。
特に日本では、早急な近代化政策のため、江戸時代に培われた日本伝統音楽を犠牲にして、西洋音楽とその理論を見習うべきものとして受け入れた。
今でもピアノを習い、コンサートに通い、クラシック音楽を愛好する日本人は、自分が選ばれた近代的市民として欧米人と肩を並べ得るものと思っている人がすくなからず存在する。
三つ目は欧米の政治的・経済的優位性を目の当たりにして、その文化に憧れることによって、無批判にその文化を受容してしまう、もしくは受容せざる得なくなる、という破壊のされ方である。
欧米に憧れて伝統音楽を継承せずに都市に逃走する若者は全世界の非ヨーロッパ社会でよく見られる。しかし理論的にオリジナルを超えることはできないというジレンマに陥った結果、伝統音楽の要素を取り入れているようなふりをし始めるから始末に困る。
武満徹のノヴェンヴァーステップスなどはその典型。
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