ちなみに演奏家=作曲家であるべきだというのでは無いです。
それは誤解です。
ただ、そういう分業体制が音楽指摘に珍しいと指摘をした
だけです。善悪の問題ではなく。
例えばシェークスピアのウ゛ェニスの商人に出てくる
シャイロックという役柄があるけど、その役柄をどう
演じるかは役者や演出家の自由な訳です。テクストは
作者の手から離れた時点で作者の意図とは関係なく
ひとり歩きをするものです。

ちなみに、コンクールでいい成績を残し、マネージャーに
ケツを引っ叩かれハードなスケジュールでベートーヴェン
のソナタを軽くこなさなければならないという状況で演奏
するということが楽しいと本当に思えるのだろうか?
そこに音楽をつくっていく喜びは、はたしてあるのだろうか?
ひょっとしたら、自分は音楽を演奏する機械なのでは無いか
という思いにとらわれることが無いと誰が断言できるだろうか?
ただ西洋音楽の歴史においてこういった疎外感をもつ存在を
生むことに必然立ったのでは無いかという気がしている。