>>150 に補足
晩年のクレンペラーというのは、「遅いテンポだから」素晴らしいの
ではなく、「遅いテンポにもかかわらず」素晴らしい、というのが本音。
クレンペラ−という芸術家の核の部分に揺らぎがないために、晩年になって
自己の本質的の部分と相反するような遅いテンポになったにも「かかわ
らず」音楽の芯の強さでもってファンを納得させた。 そう考える。

この点、チェリが晩年になって若い時とは違う、遅いテンポになった
こととはその内容が異なるように思う。 チェリにとっての遅いテンポ
というのは、彼が晩年になってその音楽家としての成熟を達成した結果
としてのテンポの遅さだ。ここはチェリスレではないからチェリの話
に深入りはしない。 しかし一言言えば、チェリの遅いテンポは、成熟
したチェリの音楽の本質部分だと思う。これとクレンペラ−のケースとは
かなり異なっている、と理解する。