難しい。それは実に困った質問だなあ。>76

実はD.960&D.946は先週求めたばかりなんですよ。それで昨日、D.958&D.959、
D.845&D.575を立てつづけに求めたと。だからまだまだ、これから聴き込んでみ
たいところがあるんですけど・・・。

たとえばD.960の3楽章スケルツォを「親とはぐれた孤児のいじらしさ、若しく
は持ち主を無くして空に飛んでゆく風船」と解釈した知人がいて、私はこの表現
を非常に気にいっているんですが、その感覚に気持ちよく合致する演奏はブレン
デル、ケンプ、上には挙げませんでしたがフィッシャーなどがそれにあたると私
は感じています。

リヒテルのは、シューベルトが抱いた孤独や闇や己の孤立無援の人生なんかと
がっぷり四つに組んでいる気がします。それは、リヒテル本人がそれに近い人生
を歩んだんだから、ああいう弾き方しかなかったろうしああいう演奏ができた気
がする。余分な味つけの少ないマスタリングがその演奏の凄味をましているよう
に感じたりします(BMG/1972年盤)。

内田光子は誰かに似ているようで、ぜんぜん視点が違うんですね。作曲者への
「慈しみ」とか「優しさ」とかを感じて、それは演奏者が女性だからと言ってし
まえばあまりに陳腐な感じ方だし、ちょっと違うような気もするし・・・。

いまのところ内田光子は超人的かつ正確無比なタッチの人には思えないけど、誰
かも書いたようにとにかく途方もない解釈力と表現力があることは確かだと思い
ます。雑誌のレビューは信用しない私ですが、彼女の演奏には心底震えたし驚い
た。D.960に限れば私にとってリヒテルのトップの座は揺るぎそうにないです
が、内田光子はことによるとその次あたりに来るかも・・・うーん。

とにかく、もうちょっと聴きこんでみます。