>>24
>もちろんボク個人の意見だけど、発売当初にバーンスタイン盤に聴いた濃厚な現代
>のロマン的傾向の演奏というのは、実は感傷主義への危険水域を突破したものであり
>、時間の経過、及び個々人のワーグナー体験の蓄積などにより、あれが同時代性を
>超越した指揮としては聴こえない、というところに原因ありと思うよ。

おおむね同感。
俺も最近十何年かぶりにカルロスの「トリスタン」聴いたけど、以前は冴えない
演奏に感じていたが、意外に良い演奏と思った。
ただコロはバレンボイム盤に比べると冴えないし、DFDのクルヴェナールは
ヒドすぎ。
バーンスタイン盤は歴史的な録音だと思う。
あのレニーの晩年の超主観的演奏が「トリスタン」に限っては成功している。
ただ俺も正直、かつてのように圧倒的な印象は感じないのも確か。
ただこの感想の変化は、24の言うような個人的な感受性の変化というより、
時代的な潮流の変化という気がする。
80年代初頭の時代にはまだ東西の冷戦真っ只中でもあり、今にも起こりうる
カタストロフを我々自身切実に実感していたから、レニーの演奏のような
過度にドラマティックに強調する演奏に共感できていた訳だ。
ところがノストラダムスもなく無事新た世紀になり、時代は新ロマン主義とか
言われ出すとああいった演奏が逆に野暮ったく感じて白けてしまうようになった
のではないか?
結局演奏様式も流行という面があるわけで、こういう時代の変化も仕方ないのかも
しれないな。