ちょっと脱線

ホロヴィッツスレから

楽譜に書いてある全部の音を、漏らさず完璧に弾くだけだったら機械でも出きる。
必要なのは「聴衆の耳にどの音や旋律を残すか」ということだと思う。
その残すべき音や旋律線を探し出すのが演奏家の能力ではないだろうか。
ホロヴィッツはその能力と技術に卓越していた。
不必要な音は換えたり省略すらしてでも旋律線を守ることに固執した。
そのため曲に圧倒的な説得力が出てきたんだろうな。

楽譜というのは極端なハナシ、あくまで記号による記録なんだと思う。
そこから何を感じ、何を引き出すかこそが、演奏者の使命なんじゃないかな。
で、ホロヴィッツはその能力がズバ抜けていた。
彼の表現への執念と発想の柔らかさには、なにもピアノ音楽だけに限らず、
多くの表現を試みる人々にとって見習うべきものがあると思うよ。

ホロヴィッツ→ストコフスキーに置き換えるとまんま当てはまるような。
今度腰を落ち着けてホロ氏聴いてみるかしら。