>>55のレスの方へ
そんなにいうんだったら「啓蒙の弁証法」を読んだ上で
新ウィーン楽派について語ってもらいましょうか。
読めば私がいっていることを理解できるはずだ。

社会と芸術との関係はその役割が社会的であるが故に現実に
対する強力な批判力になり得るということがいいたかった訳。
それはプラトンが音楽に対して非常に警戒していたことからも
伺えるの。つまり全く無力だけれども鏡としてその社会を写し
出す要素がある訳。そういった視点から新ウィーン楽派を考え
てみれば見えてくるものがあるんじゃ無いの?

ちなみにいえば社会と密接に関係があることと反社会的で
あることは決して矛盾することでは無い。

そもそもバタイユを出すまでも無く芸術は過剰を蕩尽する
機構であることは明らかなことである。つまり芸術とは
日常的な「ケ」の世界のものでは無く、非日常的な「ハレ」の
世界に属する行いであるがゆえに日常の世界では抑圧され危険視
される訳。


私にはそんなこと以前にクラシックを聴いていることで
肩身の狭い思いをせずにすんでいるということの方が驚きである。
試しにシューベルトの冬の旅の中に「からす」がカラオケに登録
されているということは知らなかった!!

ここが(クラシックの)業界の関係者が多く書き込みをしているという噂はどうや
ら本当らしい・・・・・