ヨーロッパで食い詰めた2流指揮者が,米国の2流オケに職を得たが
戦後、ユダヤ系だったことが幸いしてメトロポリタンに登場し
更に、シカゴ交響楽団音楽監督にまで登りつめた。しかし、60年代の
評価は高くなく、依然2流扱いだった。ライナーの人気が上昇したのは
70年代中頃から、米国のオーディオ雑誌が、その録音を過大に持ち
上げ始めてからだね。