◆小学生以下の誤読を自慢げにひけらかす負け犬・君の名はアンチ

「君の名は。」は、コンテをもとにした小説版などには、主人公二人が
入れ替わり初期に打ち込みあった互いのアドレスに電話やメールを
しようとしても「なぜか」全くつながらなかった、という描写がある。
つまり元の映画にもそうした「説明的な」台詞やシーンがあったのだが
監督は完成版ではそうした説明セリフやナレーションは、細部に至るまで
綺麗にカットしてしまっていて、「じゃあこっちの世界にいる時に
操作できるスマホの日記に記録を残していくしかないな」という
「結論」だけをポンと見せてる。
それで中高生の観客はスッと理解できているんだよね。

例のシンゴジおじさんとして汚名を残してしまった放送作家堀田延は、
「今まで携帯の通信でデータのやり取りをしていたのに、後になって
実は三年ズレていたとかインチキ!」とか堂々と書いてしまって
「ストーリーすら理解できてないのかよw 小学生かw」と
笑い者になってしまったそうだけど、説明的なセリフやシーンを
バッサリカットしたことで、理解力の差が感想に出てしまうという
現象がはからずも露呈しちゃった感じだ。


もともとこの作品はクラークの「都市と星」、ウィリスの「航路」などが
骨格になっているように、記憶や情報を管理された都会人と、辺境で
代々受け継がれた超能力を持つ聖地の人間の出会い、というSF的な
設定が根底にあるのだけれど、完成された作品では思いきって
マニアックな部分や説明的なセリフは「分かる人は分かるはず」と
描写を刈り込み、伏線は「絵」で見せて無意識に理解させつつ、
現代のラブストーリーとして見られるように作った。

多くの観客は、当所予想していなかった時間のズレが組紐の受け渡しで
成立していたり、女系の血脈が超能力を受け継いでいるといった設定を
「絵」でスッと理解していたからクライマックスを受け入れて感激した。
「観客はバカじゃない」と信頼した新海監督の賭けの勝利だったわけだ。

もちろん理解する力がなくて着いてこられなかった堀田みたいな
落ちこぼれもごく小数いるわけだがwww