この世界の片隅に★47©5ch.io
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0683見ろ!名無しがゴミのようだ! (ワッチョイ cf73-4Kfo)
2017/01/21(土) 16:50:43.18ID:gsbZPBII0再び年月が経ち、完成が危ぶまれた映画も遂に出来上がり、
自分は封切前に国際映画祭の六本木で初めて観た。
実はその時点で椎の話を使うという話はすっかり忘れていて、
別の話が気になっていた。
隣に座った年輩のご婦人の「あははは」という口を全開にした笑いに、
「あ、この映画は笑っていいんだ」と戦争を扱った映画への気構えを
解いてもらった。
原作は敢えて読まずに臨んだので、知らない方言は英語字幕に助けられた。
映画の中のカレンダーが終戦の日を迎えた。
サンに始まり、すず、径子を経て円太郎父ちゃんが受け取った銀飯
リレーの最後、あの光景が銀幕に映った。
ごくごく自然な流れだったので、その光景が「椎」のだと気がついたのは
次のシーンに移ってからだった。
北條家のドラマとあの光景とがシームレスに繋がっていた。
でも次々と畳みかける印象的なシーンに流され、改めて振り返ったのは
帰宅してからだった。
振り返ってみると嬉しいことに、椎の乗員の方の言う
「ぽつんぽつんとした灯り」が全くその通りに描写されていた。
しかし既に書いたように、この表現は私は表に出していない。
ホムペの「その夜、呉の山腹で焼け残っていた民家に明かりが灯って
いたのが印象的であった」という僅かな言葉と自身の調査から
片渕監督がイメージしたのがあの映画の描写である。
繰り返すが、全くその通りだった。
そして単なる風景ではなく、北條家の「生活の灯」だった。
改めて驚いた。数年越しの驚愕だった。
(4)2016年11月12日
封切り当日、渋谷のユーロスペースに席を取り、椎の乗員の方の
メールを印刷して持って行った。
「回天搭載駆逐艦椎、登場します。個人的には大事な役回りをしてもらったと思ってます。」
片渕監督からこんな言葉を頂いた。
映画製作にあたり、広島や呉の風景とそこに生きた人々の思い出を地元の方々から
取材して集め、それを映画に投影したことは片渕監督自身が語り、色々なメディア
によってもよく知られるようになった。
「この世界の片隅に」を大勢の人が「思い出を託した映画」と自分は言う
ことがある。
クラウドファンディングは思いを託したが、思い出を託した人たちもいる。
私は「椎」乗員の方から預かっていた思い出を託せた。
相応しい出番を待った甲斐があったと思う。
余談だが「椎」の船体が画面に登場しているのを知ったのは知人に指摘されて
からだった。
監督からも教えてもらって初日に確認した。回天の架台がある。
絵コンテ集に艦名が明記されてるとも聞かされた。ちょうど品薄の時期だったが、
これはササユリカフェで買えた。
余談を挟む前に書くべきだったけども、片さん、「椎」乗員の方の思い出を
描いてくれてどうもありがとうございました。
個人のホムペはいつ消えるかもわかりませんが、あの映画は確実に未来に残るから。
長々とすいませんでした。
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています