長いプロローグを見た
ult***** さん 2016年12月20日 1時13分 閲覧数 627 役立ち度 22
総合評価
★★★

都内の情景は確かに細密だったように思う。しかし、驚くほどではなかった。
諏訪さんほか、筆と絵の具で描かれる写実絵画の超絶技巧を見ているからだし、
同じアニメだと、エヴァンゲリヲン新劇場版の序だったはずだが、都市の日常風景はリアリティに溢れてキレイだったし、そこらが一変して競輪場のバンクになった、あのイマジネーションには感服した。
それまで見たことのないものを見たと思ったし、極端に言えば、あのシーンだけでも満足できた。
写実絵画やエヴァと、ジャンルも方向性も違うから引き合いに出すのをためらわなかったわけではないが、いずれも人が描いたことに違いはないし、
少なくともボクには、君の名は。の東京は驚くにはほど遠く、感心はしても、そもそも描かれた都市風景の数は少なく感動や感激できるわけもない。
さて、ボクが本作からくみ取ったものの一つに、「出会い」、そのことの軽重があるのだが、人は嫌が上にも生きていく以上、出会い続ける。それはもう、人に限らず、アニメ映画からペット、絵画や音楽、
小説、ニュース、レビューまで、瞬間、瞬間にありとあらゆるものに出会いながら、ボク、いや人は価値観や打算、環境や事情に揺さぶられながら選んでいく。与えられようが、強制されようが受け止める、
受け入れるのは自分自身だ。そして、出会った人がどんな背景や歴史、才能があろうと無かろうと、出会ったらもう、それは不可逆であって戻れはしない。
つまり、出会ったことがすべてでも素敵でもなく、出会ってからどう続けていけるか、なぜ続けられているのか。どうして続かなかったのか。
出会ってからの方が人生では大半を占めるわけだし、それこそ死活につながることだって多にしてある。ボクはずいぶん前から日々、そう考えてきた。
タイトルの長いプロローグだったとは、つまりそういうことだ。本作、君の名は。は、何も物語ってもいないし、
忘れていた不可逆な過去、時間を思い出させるミスリードはあっても、新しい考え方はもちろん、言葉一つとして提示してはいないのだ。