考証を歴史再現フィルムとしてやってるのか、演出の一環としてやってるのかってことやろね
物語への感情移入の手段としてやってるのならその効果が期待できない部分は原作通りにさらっと流していいってことになるし、そういう取捨選択は「考証」の価値を損ねない。
その一方で歴史描写が最優先で他のどんな要素も二の次というなら、どんな細かい部分でも徹底的に原点主義にならねばならないしそこから外れれば全ては無価値になる

この作品はどっちだろね。この違いが分かってない奴は「考証」を「それは史実と違う」と知識振りかざしてダメ出しすることでカネが貰えるんだと勘違いしてる奴だね