やがて間違いなくやってくる彗星の災厄を避けるために三葉が能力を使う、という話であれば、先祖から伝わる
「時をかける力」あるいは三葉自身が過去から生まれ変わりを繰り返している、といった話もファンタジーとして
当然「あり」だと思いますが、何も知らぬまま隕石が落ちて本人あっさり死んでしまった後にどうするというのでしょうか?

衝突の瞬間にタイムワープ?でも現実に死者の名簿に載って死んでいるでしょう。 紐が、神酒が何の役に
立ったのでしょう?
三葉たちが死んだ世界と別の平行世界が分岐して生まれた?それでは元の不幸な世界はそのままでなんの
解決にもなっていない。
元の世界が新しい世界に収束していく云々というのもただの言葉の遊びです。

それらの謎が小説版に詳しく解き明かしてあるなら、その手法に疑問は残るとしてまだ納得できます。
しかしおそらく説明は避けられているでしょう。制作サイドの誰の頭の中でもそこは空白だと思います。

明確なプランを立てないまま、夜空に引き立つ流れ星の絵、あっちの映画からタイムリープ、あの映画から
男女入れ替わり、あっち映画からあの部分、好きなバンドの歌はあそこでこう入れてタイトルはあんなタイミングで、、、
そんな風にイメージ先行で頭に浮ぶままに、はやる気持ちを押さえきれず足し算足し算で組み上げていったのではないでしょうか。

実は私がそう思うようになったのは先日、今から五年前に制作された「星を追う子ども」を見てからなのですが、
まあ凄かったです、他人の作品からの引用が。
細かいことは申しませんが、あれにはクリエイターとしてどうなのかと感じておられる方も多いと思います。
未見の方、機会があればぜひ一度観てみてください。




   ごもっともですw