>>827 >>828
この映画の特徴、魅力の1つはね 
 必要以上の、冗長で饒舌で説明的なセリフを
 決して登場人物に言わせない
ことで
 観ている側にあえて解釈を委ねる演出になっている
ことなんだよね

物語の語り部(かたりべ)として、あえて特権的に、
説明的なセリフが許されるのはおばあちゃんだけ
だから声優には市原悦子を起用しているわけだ

物語の語り部に市原悦子が出てきたら
日本人は、もう降参するしかない


ご神体登山の日、物語のコアになる部分は全て
おばあちゃんが説明してくれている

途中の休憩で麦茶を飲むシーン
「それも結び。水でも酒でも、
 体の中に入ったものは体と1つとなる。
 ぜーんぶ結びなんじゃよ。」

さりげなく「酒」ってここで言ってるんだよ

「口噛み酒はお前達の半分」 (これが、三葉の半分、、、)
「神様はあらゆることを結びつける。」
「糸は時間の流れそのもの。」

こうやって断片的な情報が滝と、映画を観ている人に提示される

ご神体の前で滝が三葉の口噛み酒を飲むってのは
つまり、神前結婚するようなものであり「縁結び」を成就させるってこと

滝にとっても、映画を観ている人にとっても
もはや確信に近い神頼み、と思うのは自然だよ

確信に近い神頼み=当人の決意表明

こういう場合、神様は必ずその人に力を貸すんだよ
この感覚は、神道であれキリスト教、仏教、
何かしら信仰心を持っている人には当然なの

逆に、この感覚を理解できない人というのは
信仰心を持っていない人なんだろうね