入れ替わり中の2人が時間差に気付かないのは、テレビも然程見なかったんだろう、と推測するくらいしか出来ないな。
ただ、実際テレビはあの状況で見ないと思うよ。
入れ替わりを旅行に例えてみるといい。旅行先でテレビに釘付けになるかね?
俺ならその時その場にある何かを体感する事に専念するだろう。
瀧は神社や街並みをスケッチし、バス停カフェを作り、三葉はカフェ巡りにバイトだ。

そして案外、今日が西暦何年か、ってのは目にしない。気にしない。
今日1日で、今が西暦何年か、なんて確認したか?
社会人なら書類やらファイルのバージョン管理やらで触れるかもだが。

そして入れ替わりは案外回数が無かった。総回数が10回程度(三葉の東京生活日記項数参照・奥寺先輩とのデート取り付けが10)、お互いようやく入れ替わりを確信したのが4回目。
お互いの体での生活に翻弄されて、日常の些事には中々気付かない絶妙な回数だと思う。

東京に出た三葉が街並みの3年の差に気付かないのは元々三葉の街並みの覚えが悪い(遅刻するな(=道に迷うな)とルールで瀧に注意されている)のと、
あの時三葉は人探しにきているのがある。広告でも看板でもなく人を見ている。
東京の人混みの中で人探しなんてそれだけでリソース要求は半端ないのは想像に難くない。

ガタイの差に気付かないのは、あの時瀧と三葉の身長差が無かったのが上手いと思う。
三葉が見た瀧は鏡の中の瀧で、当然ながら体感身長は1分の1だ。
あの電車の中で三葉が見た瀧は、瀧の時に鏡の中に見たその姿と同じく、三葉の目線と等しい瀧だった。