映画ではそこまで描く時間がなかったのだろうけど、もし、二葉さんが
「人知を越えた何か」を持っていて、町人たちもそれをなんとなく感じていた
ことをどこかで示しておけば、ストーリーを力技で進めている部分も強引さ
が緩和されて、観る側も腑に落ちやすくなった気がしないでもない。

鶏が先か卵が先かになる「すべての始まりである最初の組紐の手渡し」も
夢か何かでの「お母さんの導き」の末、とできそうだし、町長の説得と住民
の誘導も「あの人の娘が言っているのだから」という心理が働いたせい、
という想像がしやすくなる。