植野の暴力は、映画見てもやもやしてる人が、感情の行き所を失って
理屈を並べて叩くのと似てるかな(意外とそれが真実を突いてたり)

映画の植野で徹底してるのは、なぜか西宮のことを最も見てるし西宮を理解してること
小学校で西宮実は耳聞こえるんじゃないのと、補聴器に気付いたり
観覧車でどの程度の声量スピードで話せば理解するか知ってたり
観覧車で話したことが西宮にとって当たってたり
病院暴力のときは「自分の頭の中で勝手にそれがいいって判断して」と自殺に至った心理をついてたり
コエカタ全キャラに言える、「人は良い面もあれば悪い面もある」の典型

だから、最後は「そんな深刻な話してねーつーの」と
あの中で一人西宮を見て、理解してて、
なおかつ弟の面倒見たり小学校でまかされる世話焼きな面が
いい方向で西宮に向いてたりする