作者にはその意図はないのだろうが、メタ的にはパン=聖体と考えると
あれを毎週鯉に与えつつ自分たちも食ってたわけで、一種のミサのような
祈りの時間であったととらえることもできる(火曜だけど)
そういや魚はキリストの象徴でもあるね。
最後は自らの身体を捧げて…という終わらせ方もできたかもしれない。
映画では飛び降りの直前、窓枠の十字架の影が印象的だった。
ま、生き残らせて良かったと思うけど。