漫画なら漫画でもいいし、英語なら英語でもいいし、
なにかのプロが「プロの立場から見て○○だ」と得意げに言った場合、
これは本音はすでに透けて見えていることに気づかねばならない。

「読み手から反論されたくない」のである。

漫画や劇作家や映画のプロというのは、
世の中全体から見ると少ない。それ以外のすべての層に対して、
「オレはプロだからオレのほうが認識能力が高い、だから反論は何を言っても無駄」
という予防線を張っているのである。

もちろん自分と同格の「プロ」に批判された場合の予防線も含み込まれている。
「プロの目から見て○○だ」と言うときには、○○は否定や批判が入る。
プロの中でも、なにに対しても好意的な評価をするものより、
否定的な評価をあえてできる者のほうが「エライ感じ」を演出できる。
「批判するプロ」に論理的に逆らえるのは「評価するプロ」だけであるが、
評価するプロよりも批判するプロのほうが、エライ感を水増しさせているため、
立場的に上に立てるのだ。
すなわち、江川より絶対的に格の高いプロに叩かれでもしないかぎり、
江川の批判的コメントは誰からも批判されようがない好適位置づけとなる。

こざかしい戦略である。こんなこざかしい戦略に頼らず、直球で圧倒的なパワーのある
論評をしたらどうなのか。もちろんそれができるプロなら、「プロの目から見て○○だ(批判)」
なんて書き方をするはずがない。
すなわち語るに落ちるのである。プロとして実力がイマイチだからそういう言動が表に出る。
イマイチというのは、世間的に見ても自分自身から見てもだ。