映画の石田は弱い分ラストの文化祭のカタルシスがより大きく見えるね

一方原作の場合もっといろんな事を描こうとしてるから、石田の「そんな自分が一番嫌いだ」とか若干嘘臭いっつーか
まぁ嘘ではないのだろうけど、あまり深刻に見えない
どっちかつーと、世界が嫌いなついでに俺も嫌いっていう言い訳っぽい感じにしてるんだよな
石田だけでなく他のキャラもだけど、自省的、自罰的な逡巡は、それほど深刻でない、よくある思春期の悩みとして、
放っておいても治るものとして描かれていると思う。なんだかんだで皆成長して生きていけるんだろうなと

で、映画でそういう青春群像劇の要素を排除して、主人公石田を際立てようと思ったら、石田だけを「自分で自分を救えない」一番ヤバい位置に置く必要があった
キャラの改変(弱体化)はその結果起こったもので、別に女流監督や京アニが自分達の好みをぶっ込んだとかいう話でもないと思う