>>714
引用

そこに来ての「ゴジラ」は、またいつもの「思い出コンテンツ」かと思いきや、監督のいびつで偏った感覚が
生み出した「実験映画」のような作品だった。

この映画がヒットした理由は数多くあるのだけれど、大きいのはこの映画に現代日本人の「夢」が強く込め
られている事だろう。
それは「私たちはこの国(世界)で生きていこうと思うんだから、政治家や官僚もがんばってくださいよ!」と
いう「夢」だ。
日本人は「お上」や「王様」や「貴族」が好きな傾向がある。「水戸黄門」しかり、「暴れん坊将軍」しかり、
「太陽にほえろ!」や「パトレイバー」など、公務員のヒーローがやたらと多い国なのだ。
これは「難しいことは偉い人がなんとかしてくれるだろう」という思いが強い、ということでもある。
「自分で考えて行動できない情けない国民だ」みたいな批判はともかく、これが日本の国民性なのだと思う。
お上(偉い人)には期待したいのが大多数の日本人なのだ。

ところが「現実のお上」はがっかりさせられる事ばかりだ。特に東北震災の時の政府の対応に失望した人は
多かった。
「シンゴジラ」は、そんな「情けないお上」を風刺しつつ「頑張る若いお上」に大活躍させたのだ。
現実の「お上」がどうかはわからないけれど、これが日本人の多くの「希望」だし「夢」なのだろう。冷却させら
れるゴジラは、原発事故で収拾がつかないままの「デブリ」にも見える。
あの映画で感情を揺さぶられた人の中には「どうかこの核の悪夢を終わらせてくれよ、偉い人たち」という悲痛
な思いがあるのだと思う。

もう1つの大ヒット作「君の名は。」では「好きな人に会えない」という事が強く語られる。
こちらもまた「いいかげんファンタジーは卒業したい」という今の若い世代の気分にヒットしたのだろう。今もアニメ
では大量の美少女キャラが溢れ、AKB型集団アイドルも各地で頑張っているものの、そろそろ魔法が尽きてきた
感じだ。
「会えるアイドル」も本当は「ちょっとだけ握手してくれる」だけで、自分のものにはならない。これは「男性アイドル」
や「イケメンキャラ」を追いかけてきた女の子たちにも共通の気分だった。
そんな「そろそろ運命の人に会いたい」という観客の気持ちに対して「いつか必ず会えるよ」という所までいい切った
のが「君の名は。」なのだ。
これもまた現代日本人の「夢」を映画が叶えた、というケースだった。
SNSで容易に繋がり、街にはうんざりするほどの人が溢れているけど、ほとんどの日本人は「愛する人には会え
ない」のだ。



言わんとする事は何となく分かる。ゴジラも君の名はも現実には決して叶えられない願望充足型物語であるから
ヒットしたと言いたい訳だ。
現実には政治家はクズばかりだし運命の人になんて会えやしないからと。

だが、映画なんてそもそもどれも願望充足なんじゃないのか?そもそも物語というものが現実には叶えられない
願望充足のための装置なんじゃないのか?

ついでに言うと願望充足の物語の作り込みの精度に関してはわざと無視してゴジラと君の名はを同列に語って
ないか、この記事?