「事実が消えた」という表現を好む人は基本的には平行世界理論前提なのかな?
三葉が死んだ世界線の瀧が生存するルートの三葉と入れ替わった
→三葉が生存したから瀧が糸守に行って三葉を助けようとする必要無くなる
→だから入れ替えも起こらない
っていう。

でもこれだとカタワレ後に瀧が糸守に居る説明が付かないんだよね。入れ替わりの事実そのものが消えるなら飛騨旅行する理由も無くなるから、自宅で目を覚ますのが妥当。

この作品の世界観では世界線と呼べるような時間軸は一本しかないが、流れは一方向では無いというのが俺の受け止め方。タイムパラドクスは起こらず全ての事象が融合した感じで進む。故に入れ替わりの事実は残る。