真琴が適当にやってるなんて自分は一言も言ってない
「背泳個人競技」で「勝利に拘る」真琴の描写は「小説」にはないって言ってる
やるからには勝ちたいだろうけど、いずれ競泳選手になろうと思わせるような強烈な意思を表す描写がない
遙は小説内で勝利に拘らない風でいて負けず嫌いという描写は多々ある
前提条件が全然違う