宮崎は、オリジナルでも原作付きでもそこそこ一定の品質のものを作れて、
自己主張しつつもエンターテイメント性を失わない
そこが、アニメファン以外の観客も獲得できる理由なのだろう

一方、押井は、オリジナルでは自己主張・自己満足のオナニー映像の塊
70〜80年代の単館公開のマイナー映画みたいな物しか作れない
原作付きでは、何が何でもオリジナルを自分色で上書きしようと、オリジナルの
本質を歪めてくる
その暴走を止めてくれる脚本家・演出家の努力があると、うる星のように
面白くもなることもあるが、周囲にそれを止める人がいないワンマン状態だと、
最悪な結果になる
「攻殻機動隊」「旧パトレイバー」は「監督: 押井守、脚本: 伊藤和典」だから成功したが、
「イノセンス」「実写パトレイバー」は「監督・脚本: 押井守」であることを振りかえれば、
押井の問題点はよく判るだろう

企画が打ち切られた作品をみても、「エンターテイメント性を排除して、オリジナルを
自分色で上書きしたい」という押井の自己主張の強さがよく判る
押井版ルパン三世の
 「ルパン三世の映画でありながら、ルパンを否定する」
 「世界中にもう盗むモノが無くなり、怪盗としてのアイデンティティを喪失したルパン」
 「最初からルパンなんていなかったのだ」
押井版「サイボーグ009(009 RE:CYBORG)」の
 「009と001と003以外の00ナンバーたちは死亡しており、009はアパートに
  引きこもって、003が犬になった001を連れて世界を旅する」
など、「もうそれはルパンや009じゃないよね?」という状態だ

今度の実写「東京無国籍少女」も同じだ
オリジナルの山岸謙太郎の短編映画は、「戦場と学園生活」「アクションと日常」
の対比が面白い作品だ
 オリジナル https://www.youtube.com/watch?v=vZldUvfD7AQ
それをリメイクした押井の「東京無国籍少女」は、またもや「これは俺様の映画」
と言わんばかりの、自己主張で自分色で染め上げたエンターテイメント性欠如の
小難しい映画になっている
 押井版 https://www.youtube.com/watch?v=FUytcwwY5BM