「いい意味で自分がない人」のソースはパンフレット内のコメントからといわれてるけど、
今探してみたら渋谷ヒカリエのサイトにある映画公開時の大沢たかおとのインタビュー記事でも、
宮崎あおいは同じようなこと言ってた。

ttp://www.hikarie.jp/feature/detail.php?id=11

> 監督と「花ってどんな人なのか」って話をしたときに、
> 悪い意味ではなく自分がない人という答えが出て、
> 自分がないから何でも受け入れられるんじゃないかなと。
> たとえば普通の人なら、相手がおおかみおとこだとわかったら
> お付き合いするのをやめるか、そのまま離れてしまうかもしれない。
> だけど花は、「この人は狼男なんだ」ということを受け入れる。
> その人のすべてをそのまま受け入れて背負える強さがあると思うんです。


ほかによそでパンフ文面と思われる文章も見たけど、
監督との間で「彼女は自分がない人なんだろうね」という話が出て、
宮崎側でそれは悪い意味ととらえるのではなく、
おおかみおとこを受け入れるヒロインとして必要な要素として受け入れたみたい。

それで改めて思ったのは、おおかみおとこに対してはそうだとしても、
花は子供たちに対しておおかみこどもとしての苦しみを受け止めたわけでもないし、
宮崎自身が母を演じるにあたって母性については触れても子供への視点がインタビュー中に見当たらない、
というのがどうもひっかかる。本人に子供がいないとしてもそこは監督なりがカバーするんじゃないの?
というはずなのにそうでもない。

作中描写にしても、おおかみおとこの正体が花に明かされる前に、
「あの人怪しそうだから付き合わない方がいいんじゃない」と忠告するような友人や、
親戚縁者が誰一人として花にいないから、反対者もなく結ばれたり同棲開始するんであってね…。

もう突っ込みどころ多すぎてきりがない。