>>728
彼氏がユキノに惚れたことで逆ギレした女生徒がありもしない噂を広めて
親にまで噂を流したことでユキノは冤罪にも関わらずあそこまで追い詰められた。
つまりあれは強きを憎み弱きを助ける正義感であり虐めに対する抗議でもあるんだな。

とはいえユキノにも隙があったことはタカオが現実に惚れた事実から否定も出来ない。
悪気はないのにああやって周囲をつい翻弄してしまう女って何処にでも居るんよな。
現実ではディフェンスを持たない只のビッチとか地雷と呼ばれちゃうけど。
そんな弱さや傷を理解し、守ってやろうとする取り巻きもまた必ず存在する。

蓋を開ければそんなストーリーなんだろうが、
それを掘り下げて“歩き出す”をテーマに美しく描いてるってことかと。

ユキノがそうかは別として境界性人格障害ってのは見捨てられ不安が強く依存気質なために
人やモノに強く執着する。タカオと会えなくなって珈琲からビールに変わったり
別れた彼氏と自分の病状について電話したりするのもその一面だったりする。
ユキノは普通なら精神科に通う一歩手前であって、仕事をサボり新宿御苑で過ごしたり
タカオとの逢瀬を繰り返すことでそんな心の病が治ってきたんよな。
言ってみりゃタカオはカウンセラーで、またユキノも自信の無かったタカオのカウンセラーだった訳だ。

そんな風に少しずつ病んでるヤツなんてごまんと居て皆が皆病院には行ってない。
ほんの些細な出来事に救われたり、誰かを好きになることで世界が変わったりすることもあるしな。

新海も言ってるけど、リア充やリアリストには理解出来ない、
また理解したとしても許せない映画なんじゃないかな。
理性や正しい倫理だけではどうにもならないのが病んだ心の世界感だしね。