>チャップリンの「独裁者」という喜劇映画がある。
> この映画、ラストに延々と続く主人公の演説が圧巻だといわれている。
> 主役のチャップリンは演説で作品のテーマを露骨に訴え続ける。

> けれど僕は、台詞を喋るようになったチャップリンの映画が好きになれない。
> なんだかおしつけがましいのである。
> せっかくのテーマが、台詞のためにとってつけたようにしか見えないし聞こえない。

> もっとひどいのが、黒澤明監督の「七人の侍」である。有名なラストの台詞がある。
> 「また負け戦だったな。勝ったのはわれわれサムライではなく、百姓だ」というような意味の台詞をサムライの親分が言う。
> 余計なことである。ぶち壊しである。
> 壮絶なアクションのクライマックスまで、ほぼ完璧に盛り上げて、最後の台詞で作品全部をぶち壊す。
> 「七人の侍」のテーマは滅びゆくサムライの最後のきらめきへの挽歌だと思っていたら、百姓賛歌のようなきれいごとの台詞でお茶を濁す。
> ウソをつくなである。
> さんざん派手なアクション演出の冴えを見せて、「勝ったのは百姓だ」はないだろう。
> サムライは黙って去ればいいのである。
> 台詞はこわい。
 テーマを語るどころか、単なるきれいごとの台詞で作品をまとめ、観客に勘違いをさせる。いや、もしかしたら監督自身もその気になって勘違いしているのかもしれない。
 巨匠といわれる方は、歳を召されると勘違いの度合いがひどくなる。



子供向けのポケモンの脚本家が、世界のクロサワの七人の侍を叩いてみても
普通は笑いものなんだが、首藤氏はそれがわからないらしい。
文豪の作品を中学校の文芸部員がけなすようなもんだからな。
申し訳ないが、映画の脚本家としては通用しない人。
やっぱり子供向けのポケモン水準の脚本家だよね。

そういうレベルの人にしか評価されないけいおんって言う図式も、
ああやっぱりなという感じ。