−そしてなによりも予算がなかったからなのです。
無駄なことやる余地も何かを試みるなんて余裕も一切ありませんから、
トコトン要点を絞り、演出的にもすでに確立されている手法だけで作りました。
実はそうだったんです。
まあ、ロケハンでヘリコプターに乗ったり、船をチャーターして香港の夜景を海から眺めたり、
グアムで鉄砲を撃ちまくったりはしましたが、せめてそれくらいはしなければ僕が可哀想すぎるし、
そもそも何のために映画を作ってるのか判らなくなりますから。
その合理性−ケチさ加減がもっとも端的に現われているのが背景美術なのです。
「機動警察パトレイバー」という作品で確立した方法論に、
アジアという要素を外挿しただけ、というお話は前回もしましたが、
ではアジアという要素をいかに実現したかといえば、これが建築の描写に関して言えば、
実は前半の主要舞台となる旧市街の一部と真中のダレ場だけであり、
あとは要するに看板とポスターで埋め尽くしただけなのです。
嘘だと思う方は、もう一度ビデオなりDVDなりを回して御覧になって戴きたい。