ちなみに「俺ルール」なんて言ってるけど、「主人公の動機」「障害」「危機」「守るべき世界」等は
どの映画の脚本を語る上で使われる指標だよ。映画だけじゃなく、漫画の技法書でもそうだし、小説の指南書もそう
ジョーゼフ・キャンベルの神話論知ってる?神話や民話という古来伝統の物語も、やはりこの理論で分解出来る
宮崎駿は初期に「健全なる主人公」「主人公が守るべきヒロイン」「解かなければいけない謎」
「守るに値する人々が住む村、国」「敵味方が争奪戦を繰り広げる宝の存在」「事態を混乱させる盗賊的存在」
を基準に脚本を書いてたと本人から聞いたとマイマイの片渕監督がネットコラムで語っている
どうぶつ宝島、長猫、コナン、カリ城、ホームズ、ラピュタ。みんなそうだよね
自分の無知を棚に挙げてないでまずはこの観点から各映画の脚本を見てみな
君が言ってるようなのは「脚本」の段階じゃなく大半が「演出」の問題だから
例えば>>32は違う人の指摘だけど、花札と衛生落下は確かに脚本上の失敗だけど、田舎の必要性と携帯カチカチは演出の問題
この二つは一応「敵との衝突」と「危機」を設定してるから、脚本の狙いとしては正しい。題材の選択にミスがあるだけ
田舎云々は「守るべき世界」を描いてない。障害を田舎と関連付けて、「危機を乗り越えないと田舎の神秘性が崩壊する」って設定づけてもいい
携帯カチカチは、格ゲー描写の際のキーボードもショボいと言われたけど、これも演出の問題
例えば画面のアクションに合わせて操作に緩急を付けたり。優雅なピアニストのように手の動きに特徴があれば
「操作してる」感は簡単に演出出来たはず。実際プロゲーマーって、手元見てるだけで壮絶だから
映画じゃただ文字打ってるみたいにひたすらカチャカチャやってるだけだった
サマーウォーズはそもそも、傑作のウォーゲームやぼくウォが下地にあるから、脚本がそこまで崩壊するわけがないんだよ