>>924
> オマエの意見って、独りよがりの言い張りに過ぎないw

原理的に「自分の意見」というのは独りよがりなものだよ。
他人と同じ意見なら、それは自分の意見ではないわけで。
まったく「他人同じ」であることが唯一の存在理由である「ゆとり」世代は困るね(苦笑

> ある事象を観測しても、評価軸をどこにどれだけ置くか、
> それぞれにどういう重み付けを成すかは、観測者に委ねられる。

あのねぇ、評価軸をどこに置いたか、まできちんと示されるべきで、
それを含めて(つまり評価軸も同じなら)同じ結論にならなければいけない。
だから口が酸っぱくなるほど、結論を述べる場合はその結論に至った過程まで
きちんと示せ、と言っているだろうに。

> そもそも他人の評価・論評ってのは自分と違うからこそ意味があるわけで、
> 皆が同じ評価に帰結したら面白くもなんともないだろww

面白いとか面白くないとかそういう問題ではない。
評価軸に何を選ぶかは自由だが、選んだ評価軸を明示し、
同じ評価軸ならば誰でも同じ結論になることが重要であり、
そういう論述をしなければならない。

つまり評価軸は主観で選択していいが、選択した後の思考プロセスには客観性が求められる。
で、おまえが「評価軸」と表現しているものを、俺は「価値観」とこれまで表現してきた。

>>925
> 例えば「交通事故はなくすべきだ」に対しては一定のコンセンサスが得られている。

まったく同じことを繰り返すのは頭の悪い証拠。「コンセンサスが得られている」というのは
多数の人が支持しているというのと同義だろうに。つまり多数決が正しいと言ってるのと同じであり、
それならサマーウォーズを評価している人の方が多いのだから、サマーウォーズは傑作という
結論で終わってしまう。議論する必要もない。それでいいのか?と言ってるんだがね。
正しさは多数決では決まらないから、こうして議論をしているのだろうに。

まったくアホが賢そうな真似をすると無様で見るに堪えないな(苦笑

>>940
> 正確な言葉を選べば良い。

だからその考え方がそもそも国語力と言うものを分かってない証拠だと言ってるのだがね。
言葉とは多義であり、一意に意味を決定できない。なぜなら言葉の数よりも概念の数の方が多いからだ。
人は複数の概念を一つの言葉に対応付けている。
複数の意味から適切な意味を決定するのが文脈であり、国語力・読解力とは文脈を読み取る力だ。

> それに、「誰もが完全に同じになる客観的な評価」など聞いたことがない。

つまりおまえはこれまでおまえが聞いたことのあること以外は、間違いだというのだな。
つまりこれからおまえは一歩も成長しないわけだ。そもそもおまえが生まれた時には
もっといろいろなことを聞いたことがなかったはずなんだがな(苦笑

> そんな評価、実際にどこかにあるのか?例を挙げてみろ。

交通事故のない世界なんて見たことも聞いたこともないから、
交通事故のない世界を目指すことは間違いだ、という理屈だね?

これまで誰も作れなかったのだから、これからも作れるはずがない、と。
自分で新たなものを作ろうとはしないわけだ。