健二は結果的には人類を救ったわけだが、健二が救わなければならない必然性はない。
義務もないし健二だけが人類を救えると限ったわけではない。
現に、「そんなこと(人類を救う)よりも、いまは家のことの方が大事でしょ」と言われてしまう。

「僕が人類を救います」と言っても、そんなことを期待されていないし、
ましてや全人類の期待を一心に背負ってAIと戦おうとしているわけでもない。

しかし声を上げれば賛同してくれる人は出てくるものだ。
カズマ、なつき、あの家の男性陣、最終的には女性陣も、迫り来る探査機を前に
逃げることを忘れて健二たちを応援した。

健二が人類を救わなければならない「必然」がなければ、駄作だというのか?
この作品はそういう必然を否定している。

健二はみんなから請われてAIと戦うことを決意したわけではない。
自分がそうすべきだと考えたからだ。
「やってください」と請われて、「はい、やります」と答えるのとはワケが違う。

「何でしゃばってるの!」「そんなことする必要ない!」と罵られつつもめげずに
自分がそうすべきだと考えたからそうしている。

で、この作品を批判しているのは、そういうのが嫌いなんだろうね。
出しゃばる人間が嫌いなわけだ。主人公は謙虚でなければならない。
「みんながそこまで頼むなら、しかたない、やってもいいかな」みたいな
歪んだ謙虚さが自然だと思うほど、人間の根本が歪んでしまっているのだろう。