最初の混乱をいったん喰いとどめた大おばあちゃんは、
「人脈」という現実世界側の手段で、仮想世界の攻撃に立ち向かった。
だとすれば、次なる戦いもこの大おばあちゃんの路線の延長にあるべきだった。
「みんなで飯を食う」という遺言も、それによってもっと生きてきたはず。

折角、旧家と言いながら一族の者は、末端の一公務員が多く、
ごく一般の市井の一員という設定だったのだから、
大おばあちゃんの使った「権力者中心の人脈」に対し、「一族一人一人の身近な交友関係」が
ネズミ講算的に広がっていくとでもしたほうがまだ良かったと思う。
大おばあちゃんがしたように、一族みんなが電話かけまくる、
あるいは徒歩・自転車で街に出向き人に会いまくる。
それが一地方都市上田から日本中、世界中に広がったとでもしたほうが、
同じ劇中の嘘でもまだましな嘘になったと思う。

ついでに、おばあちゃんがいたときは、「家」に集まってきていても
一族みんな反目しあってなかが悪い描写でもしておき、
おばあちゃんの死で、求心力が消滅しさらに「家」崩壊のベクトルに向かう。
それが危機に立ち向かうために、大同小異で再び一致団結し戦う。
そして陣内家に放り込まれた異分子である主人公が、その団結のきっかけになれば、
もっと劇的な展開も生まれたのではないだろうか。