1) 観客の物語の解釈、物語補完能力は現状の社会や知識に縛られてる。
  人間の認知能力の限界。知識が無いと解釈できない。

2) 1)の視聴者の解釈能力を現実の枠を超えさせるためには、
 観客を未来(異なった常識)の世界にご招待しておく前ふりがいる。
  ( = 観客を操るための演出上の手練手管)
  つまりは、物語から観客が受け取れる情報を揃えておいて、その上で展開を
 自然に受け入れさせる、了解させる。 それが表現の洗練度と評価/批判可能。
  こういうと、情報量の総量、多さばかりを想起するんだろうけど、洗練、凝縮された
 うまい渡し方じゃないと、2時間程度の構築物の全体像が透けて見えるから、
 うまく受け取ってもらえない。分かりやすくして、一ひねり加える手もあるけど。
 それ以前に、おもちゃの世界に感情移入させていくわけだけど。
  トイ・ストーリー(日本語吹替) 1/4 ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm5367494
 適切な情報を、適切に処理する情報配置の必要性ってこと。

3) 隠喩、そこで起った事象を使って、何かを想起させる、連想させる場合も
  2) の例よりは情報量は少ないながらも、匂わせるような仕組み、要素を入れ込む。

4) 個々の表現の集合体として、個々の表現を組み合わせた結果、起るある種の感情なり、
 複雑な事象の全体像が見えるなり、表現ってのは何かを伝える使命を原則的に持っている。
 これがテーマ。

 つまり、ただ自然発生的に、妄想(解釈だけどね)が起るとは誰も思ってないわけ。
文脈 (= 表現のつなぎ合わせ方や全体像)って、そういった、物語構造も見るわけ。
2) 適切な情報を、適切に処理する必要性 ってこと。その上でテーマが伝わる、
うまく伝えられると考えてるわけ。 情報、コミュニケーションってものの特性上ね。

 > 自分に理解出来ない作品=駄作
 って、俺以外は理解できてないって前提にしてるけど、 2) 以降の必要性について
無視するために、妄想力を駆使してるだけなんだけど。
 作中の情報量に対する解釈の及ぶ範囲ってものを加味して、不足な表現だってみんなが指摘して、
お前が反論し続け、妄想を加え続けてきた文章を見直してみろよ。作中から解釈の余地が無いことを
書き連ねすぎだから。都合よくネットワークにつながり過ぎな話なんか、サイバーパンクじゃ
ありすぎだけど、どの作品でも否定されてしかるべきご都合主義だろ。今さら芸も無くやるから叩く。

 作劇的に言えば、十分理解させられない、あるいは表現/渡すべき情報を欠いてるってのは、
非難を受けるべき欠点。加えて、それを超えて評価できるテーマ性も無いよ。
 断片を繋ぎ合わせて見えてくるって、複雑な構成や話でもないアクション映画だし、
表現の不足と結論付けるに足る説明と思うけど、芸術の領分だから表現の幅、自分の趣向を
理由に否定し続けることも可能で、自由ではあるけど。
 レス内の文章全体を繋いで読めないみたいだから、結論書いておくと、2) 3) 4) に書いた
もっと他の評価基準があることを、ことさら無視するなって事。それを前提とした会話をしてるスレ。
 他の評価基準も成り立つことに想像力を使え。「それはお前の評価基準で、それはそれだろう」
ってか?お前の妄想世界以外とは、接点を持つ気が無いだけだろ。