一線のどちら側に居たかの違いはあっても
意外とそういうのに近い所にいたんだよな当時のパヤオは。

その後どんどんPTA御用達の道を進んで
その一線から遠ざかっていってしまった。

岡田斗司夫のパヤオ論はほぼ同意できる。