今さら観たのだけれど
さすがの作品だったけれど
蠱が心を開くとかいうのはどうにもわからんかった。
銃の前に両手広げて、敵を普通に開放して、無抵抗で相手がどんどん惹かれていくのも・・・

何が相手であろうと、たやすく分かり合える、というように。
今観るとどうしても、平和なる時代の産物だなあ、という感想だ。

相手にとって利ある方向に導くならわかるのだけれど、敵にでも蠱にでも
あくまで自身の信じる良きものを共有しようとしていて、「単一の価値観同士」を元に考えられている。
現実の、根本異なる価値観同士、異なる利害同士は描いてはいるけれど
心の底の「わかりあえる」感が強くって。