うーんやっぱメインテーマは押井自身の人形萌え・仮想世界萌えの正当化、としか…

素子という偶像を崇拝していながら満たされないキモチを、飼い犬で埋め合わせようとするバトーと
子供の人形遊びや人が人形を作る理由とかいうやつを対置もしくはなぞらえて

しかしそもそも素子自体がサイボーグというお人形であり今となっては実体を持たない幻の女なのだし
人形遊びや犬を飼う代償行為と、実体のある本物の女を愛することとの間に絶対的な差なんてものは無い、
つまり仮想キャラ(小説や実写映画の登場人物なども含む)に萌えてもいいじゃんOKじゃん?みたいな?

…で、そんなことをハッキリ真正面から口にするのは恥ずかしいし世間体もよくないので
オブラートに包みまくって一見不可解な映画で表現しました、と