高校時代、僕は一瞬だけ文芸部に所属していた。メインの部活動が他にあったので足を向けるのは
一週間に一度もあればいいほうだったが、もともと週一でしか開いていなかった。部員が一学年上の
女子生徒一人だけだったからである。僕が初めて門を叩いたとき、眼鏡をかけた理知的な顔つきの彼女が
唯一の部員で部長で先輩だった。その先輩と当時の僕が何を話したのか、何か話すことがあったのか、
全然覚えていない。ひょっとしたら何一つ話などしなかったのかもしれない。
 入部しばらくして文芸部の会誌を二人で作った。僕が何を書いたのかはあんまり思い出したくない。
小説ではなかった。表紙は僕が描いた。これも思い出したくない。二人だけではページが埋まらないので
先輩は彼女の友達数人に声をかけて文章を寄稿してもらっていた。関係ないがそのうち一人の名前が
とても印象的で今もよく覚えている。
 三年生になると先輩は部活を引退して受験勉強に専念するようになった。期を同じくして新入部員が
五人くらい入ってきた。なぜだか解らない。もう一つの部活のほうが圧倒的に楽しくなっていた僕も
間もなく文芸部に行かなくなった。
 先輩とは彼女の卒業の日に会った。そこでの会話も記憶にない。たぶんあたりさわりのない会話をして
淡々と立ち去る後ろ姿を見送ったのではないだろうか。
 その先輩の名前を思い出すことができない。きっと先輩も僕の名前を覚えていない。だけどあの時
そこに誰かがいたことは彼女も覚えているんじゃないかと思う。
 僕がそうであるように。