キョンは日常的世界を求めている
しかしハルヒはジョンスミス(キョン)が求める非日常を求めている
だが消失世界においてキョンの求める日常的世界をキョンは否定し
長門が作り出した日常的世界を否定し、ハルヒの求める非日常的世界を求めた
相手を思う気持ちハルヒの世界を知りたいと思う気持ちそれが恋なんじゃないか
しかし消失映画版では長門のナイトのように跪くキョンというカットがある
なぜ長門エンドルートへの道を京アニは残したのか理解に苦しむ
そこはハルヒがキョンの望む現実的世界へと関心を向けるって描写にすべき
消失長門を自らの意思でキョンが否定すべきシーンだろと思う
じゃなきゃ日常的世界を求めるキョンと非日常的世界を求めるハルヒのボーイミーミーツガール
という涼宮ハルヒシリーズの根幹が成立しないじゃないか