俺は1を超えるヤマトはないと思ってるクチだけど、さらはを滅びの美学とか
特攻賛美とか捕らえるのはおかしいんじゃないか。

沖田の「明日のために今日の屈辱に耐える」というのは蓋し名言と思うが、
さらばの最後の状況で、地球防衛艦軍兵士の一人として古代が下した判断
以外の判断があるのか?
ヤマト以外に戦力は一隻もなく、降伏すれば人間として扱われない隷属が
あるのみ。抗戦する力は根こそぎ奪い取られ、おそらく絶滅に近い状態が
待っている。
さりとて降伏しなければ、巨大戦艦の主砲の餌食。即滅亡に追いやられる。
「今日の屈辱」に耐えても「明日」が望めない状況に追い込まれてしまった
んだよ。1の状況とは大きく違う。

この極限の状況で、地球防衛を任務とする戦士の最大の努力は自らの命で
どうにかする以外はない。それに、もしあの場面で滅びの美学を前面に
出していたら、島たちの退艦はなかったはずだ。犠牲は最小限でいいと
いう極めて冷静な判断じゃないか。

長文すまんね。異論反論は認めます。