崖の上のポニョ 8
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0694見ろ!名無しがゴミのようだ!
2010/01/19(火) 04:13:53ID:1DtoJaHV頭が固すぎる連中で困ったよ。
この映画を解釈するのにまず共通して「違和感」を表明し(A)
この違和感を欠落として(B)
欠落を埋めるために過去自らが学んできた近代以降の思想や表現史の知識を多用(C)
多用した知識の中で対立軸を生みだして(D)
その争いに決着をつけ(E)
破れた思想を違和感の正体と表明する(F)
というまったく非合理なことをしているわけね。本人達は合理性のエリートのように振舞っている訳だけど。
単に「俺が学んで積み上げてきた近代的整合性に対してこの映画は何の反応もみせない、そんなことはあってはならない」
と怒っているんですよ。
まず(A)はいい。それがこの映画の目的として成功している。
(B)で欠落が登場するが、欠落の対象が開くまで映画=宮崎でしかないとする ここで知識人に典型的な暗愚が発生したと気づけない
せっかく「欠落」を用意してもらったのにこの「欠落」に対して好奇心を持てない。ここで「欠落」が自分の中に発生したことに気付けば
(C)でいちいち頭の本棚を整理し直すことなどせずに、本棚に空いたスペースに何を入れようか考えることが出来る。
ピントくる人ならば、この時点ですでに沢山提示されている映画の中のメタファーから「これは神話学を下敷きにしている」と分かる訳。
分かんないから、つまり結局学が浅いから(笑)、アンテナが神話学の方に向かない。この時点で脱落者なのね。
多分(C)の作業の段階で本人も自分が脱落者なのではないかとうすうす疑い出したので、焦って
(D)で勝手に闘争を始めてしまう。お前は何と戦っているんだと(笑)。焦りはさらに進展して加熱し、一人相撲の行き先として当然の
ことながら(E)という無理やりな解決方法をとり、やぶれかぶれの自分を隠すために、そんな自分を正当化させるべく
(F)へ導く。
非常に近代的な男性らしい融通の無い考え方で、挙句の果てに生命力が無いとこの作品を放り捨てるポーズを取る。また「死の匂い」に色どられ
ているとしてイチイチ画面を拾いあげて軽蔑する。口をそろえて「破綻した」と言う。お前ら言ってること矛盾しまくり。分からない?
かっ、近代の屁理屈にオタオタしながらガチガチに満足してる程度の輩ってこんなもんかよ。
あのね、神話学かじった側からすればね、こんなの「古事記」あたりの下級レベルの経験でも解決できるのよ。
はじめの「欠落」をもたらした装置(まさに波!)の上に上手に乗れれば、あとはアレヨアレヨと「物語」を満喫できるわけ。
この映画には少なくとも3つの「物語」が隠されている。細かくしていけばさらに「物語」は分岐して多層的になる。
これを楽しみ驚くための映画を宮崎は丹念に作ってる訳。そして答えもちゃんと出している。これはもう見事だと思う。
非常に暴力的かつ受容に満ち、問答無用で救済的であり、生命の力に溢れている。こんなの素直に絵を見てれば分かるでしょ?
この映画はこれまでのジブリ作品から受け継がれた集大成としての訴えがある。それが見事に今日的な昇華を果たしている。。
この贅沢が分からない奴、勉強してきましたアピールはもういいから、大学入り直せ。それか東京に来て生活忘れて勉強しろ。
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています