駿はピカソとか黒澤とか手塚とかと同じ体質の、一度やった事には関心を示さず
すぐに別のことをやりたがる人種なので、「オタクの受け狙いで前と同じようなものを
作ることは絶対にしない」と言って全然別のベクトルの物を作り続けてた。
だから「魔女宅」を見てた時は、
「俺は面白いけどトトロを期待して子ども連れてきた親はえらい目だよなあ」
と思っていたよ。「ポニョ」も初期の観客の大半は「ハウル」に感涙した
20代女性だった、というデータを見て罪作りだなあと思っちゃったもんw

でも駿のえらいとこは、たとえば若手の尻拭い(まあ自業自得なんだがw)
みたいな「魔女宅」「ハウル」や軽い気持ちで作った「豚」なんかでも全力投球して
フラッと見に来た人にちゃんと満腹感を与えて次につなげるとこ。

その結果どんどん客層が広がり、見た人の「許容範囲」も広がって行く。
どんなに期待していたものと異なるジャンルや方向性の作品でも、ハヤオの
作品なら安心だ、というブランドを自分で作ってく。同じ傾向、同じテイストの
作品を作り続けているオタク商売じゃこうはいかない。

「平成狸合戦」をふらりと見に行った大塚康生は、ジジババから子供まで、
普段映画なんか見に来ないはずの観客層がびっしり客席を埋めてるのを見て
ジブリが「ファン」のための物なんかじゃなくなってるっていう現実を
実感させられたって言ってたね。
「もののけ」は物凄いスポットタイミングだったんだけど、そこで夏エヴァみたいな
ひとりよがりなものを作って絶好の機会をドブに捨てるようなことをしないのが
やはり普段の行いがモノを言うというか。アニオタは「紅の豚」「耳すま」そして
「もののけ」みたいなものを「どこが面白いのか分からない」と言っていたけど、
濃いアニオタが「こういうものが世間にアピールする」と思っちゃうものよりも、
ずっと普遍性・一般性のあるものなんだよね。