押井好きだし、森も好きだけど、この映画は駄作だと思ってるんだが、俺みたいなのは少数派なのかな。
映画館でも見たけど、酷評するならもっとじっくり見てから評価するべきだと思ったので、DVDでじっくり見ての評価。
長文。

まず、押井ファンとして言わせて貰うと、押井臭さが足りない。ガッカリした。
次に、森ファンとして言わせて貰うと、あれはもう原作と完全に別物。ガッカリした。
このどちらかに寄ってれば楽しめたんだろうけれど、押井と森という個性の強い二人が混ざって、どっちつかずになってしまっている。

アニメーションとしての面で言えば、空戦シーンとか、ビジュアル面が評価されているのは理解出来る。確かにきれい。
だが、戦闘機の動きがおかしい。レシプロであの動きって、エースコンバットのムービーシーンじゃねーんだからw
原作読んでるから、もちろん現代〜近未来の話ってのは理解している。だが、レシプロの特性上、どんなに航空力学発達していたとしても、あり得ない。
こう言うと、「ミリオタ視点はいいんだよ」って言われそうだが、映画ではカットされてた原作のエンジンの息継ぎの話とか、工学的な知識や平気の知識なくても雰囲気作りに役立ってるわけで。
(事実俺は工学系じゃないが、森の小説の雰囲気が好き)

さらに、アニメーションってのは「動く」ことが前提なわけだから、止め絵がどんなにきれいでも、動きで魅せなきゃいけないわけで。
よって、「ただビジュアルがきれいなだけ」で、動きは評価出来ない。CGだとこんなもんになってしまうのか。

例を出すと荒れそうだが、同じリアリティのない飛行シーンでも、宮崎駿のそれは、飛行機の動きの特性を誇張した表現なので、表現方法として評価出来る。
対してスカイ・クロラのそれは、エースコンバットのムービーシーンをそのまま持って来たような、単に見た目派手に動いているだけの表現なので、評価出来ない。

ストーリーの面で言えば、もうなんで森原作を選んだのか理解出来ない。
原作は、愛とかそういうのと無縁の話。「ただ飛んでいるのが好き。地上でのことは一切面倒くさい。飛んでいられればいい」という話なのに、映画じゃ真逆。愛って大事だね、と。
押井がそういった月並みな話で映画作ってるのも、勿体ない。

見学者のシーンの、
「飛んでるときはどんな気持ち?」「空を飛んでるような気持ちです」
「敵を倒したときどう思う?」「これで帰れると思います」
とかも、シニカルな雰囲気出すのに一役買ってるのにカットしてる時点で、森テイストを残すつもりは無かったんだろう(人によってはこれがキモイんだろうけど)。
で、原作の良さを消したストーリーだから、原作読んでない人向けなのかと思いきや、説明不足な上に、一部ではレストランでの語りにあるような説明過多で、グダグダ。

あと、声は声優使ってください。「侮辱するなぁ!」で毎回萎える。