「今メキシコに行くのは正しいのかな、幹也」
「うん、どうだろうね。たとえば僕がインフルエンザに感染して、帰国するだけで東京全員の市民が死んでしまうとする。
僕が死ねばみんな助かるというのなら、僕はたぶん自殺するよ」
「なんだよ、それは。そんなありえない話じゃ例え話にもならない」
「いいから。でも、それは僕が弱いからなんだと思う。
東京の市民みんなを敵にまわして生き抜くなんて度胸はないから、自殺するんだよ。
  そのほうが安易だろ? 一時の勇気と、永久に続けなければいけない勇気。どっちが苦しいかはわかるだろ。
  曲論だけど、死は甘えなんだと思う。それがどのような決断の下であれ、ね。けれど当事者にはどうしようもなく
  逃げたい時もあるだろう。それは否定できないし、反論もできない。だって僕も弱い人間だから」
 
あ、でもこれって傷の舐めあいになってしまうな。自分もそうだから君もやっていいよ、なんて保険を作っているのと同じだ。
  たぶん、今いったような状況での自己犠牲は正しいものだし、その行為は英雄と評価されるだろう。
  けど、違う。いくら正しくても立派でも、死を選ぶのは愚かなんだ。僕らは、たぶん、
  どんなに無様でも間違っていても、その過ちを正す為に生き抜かないといけない。
  生き抜いて、自分の行なった結末を受け入れなくてはいけない。
  それはとても勇気がいる事だ。自分にそれが出来るとも思えないし、なんだか偉そうなので口にするのはやめておいた。
 「…とりあえず撒き散らすよ」


 「ふん…たしかに、こいつは魔的だ」