小説は、映画上映開始と同時期に執筆開始と新海書いてたっけ?
どっちにも補完的になるようにとは、一応書いてたけど、
新海の頭の中で、ラストのシーンの表現の仕方の軸はどっちにあったんだろ?
それが気になる。

映画版を軸で作って、救済的に小説でラストああしたのか。
ただ楽しませる為に、微妙なニュアンスで違いを持たせたのか。