で、結局、性の対象としての千尋という視点はどうなんよ?
作者(宮崎)側は、未必の故意として誘引してるのかと言えば、それはしてると思う。

宮崎はエロの技能が高度とは思う。
>>337みたいな「まんま」にしてしまうと、全く価値が無くなる。
まんまにしてしまう事でのエロ勝負になると、美少女が得意とする領域であり、千尋は負ける。

千尋は10歳。しかし、急転直下のあの状況での千尋のリアクション
行動は、スタンダードな10歳のリアクションを超えており、普通の子を
描いたフリしながらも、通常、その場の一番影響力のある大人に感化される
10歳という年の時点で、既に大人を感心させる展開を作り出せる(=大人と同じ
視点を持っている)意志の強さ(=自分の動きに確信を持った部分がある)
稀有な能力を持った、ある種天才の子を描いている。

普通の10歳であの状況に入った場合、動物的な本能で、「ボスが変わった」
という事を悟り、湯ばーばの世界観に自ら感化されにいき、遊女を慕い、自分も
早く大きくなって客を誘惑して贅沢したい、と遊女に憧れるようになる。それは
親が居なくなった場合でも生きていく為の調整本能であり、ごく普通のリアクション。

千尋は違う。湯バーバまでは行っても、職場でも自分の本来のポジションを絶対に
崩さず、それが元で色々な展開が生まれてる。つまり、外見や発想は子供でも、
視点だけは予め40歳まで生きてきたかのような、成熟した視点がある。
つまりは、大人が「今、自分が小学生に戻れたらこんな事したい。こう振舞いたい」
を具現化したのが千尋であり、大人の気持を汲みまくった、「人間的にこうありたい小学生」
という、大人が見た憧れの小学生やから、大人の視点で会話できる小学生という部分に
エロを感じさせるのが、宮崎のエロテクニックなんやろうなと思う。
「内面セックス」プレイとでも名づけようか、実際に千尋とSEXするというより、千尋に認めて
貰いたいと思わせるように惹きつけポイントを設定してるのがスケベ。
相当な魅惑させる腕を持つキャバ嬢と同じちゃうかな?多分、優れたキャバ嬢は、顔、体だけでは
無く、その内面が男を誘惑させる何かを持ってると思う。知らんけどなw