例えばカフカの「変身」で何故グレゴール・ザムザが毒虫になったのか誰もわからないし、
物語中、及びその最後での、彼の母親と妹の態度には不可解な部分がある。
ガルシア・マルケスの「百年の孤独」で、
戦いに明け暮れるアウレリャノ・ブエンティア大佐の行動原理は、
誰にも理解できないし、物語最後のカタルシスも、ハッキリした説明なんか付けられない。

人物の行動原理が説明できないような話は、いくらでもある。
何より、現実の人間がまさにそうだ。
生き生きしてる人、というのは「一環した原理」の元に、
常にそこから演繹される行動を取るんじゃなくて、
瞬間、瞬間に目の前で起こる世界の出来事に対して、果敢にリアクションを起こしていく、
そういう人を言うのだと思う。

平家物語の「生食の沙汰」で頼朝が、何故か佐々木四郎高綱に生食をやってしまうくだりや、
梶原源太景季が高綱の咄嗟の嘘を聞いて、突拍子もなく笑って許してしまうくだりなんかに通じる、
決断、行動の美しさ、快活さが、物語世界の活力と良い調和を成している。