別にカフカはどうでも良いんだよ…。
ただ面白いものを面白く感じるための間口を広げるべきだ、と思うだけで。
文学寄りの人間が、マンガ、アニメを蔑んだり、
マンガ、アニメ寄りの人間が、文学をやっかんだり。
「へー、面白いの?」っていう好奇心を持てば、面白いと思えるものは飛躍的に増えてくんで。

>>112
>>73の最後に書いたような内容で、過去に一度で書いたよ。

この映画で描かれてるのは、この世界の在り方に対する無条件な好意と、
そういう世界の在り方に対する決断が、行動に直結している、「活きた」生の美しさだ。

ある行為には常に間違いと、それに対する罪が含まれていて、
人は、あらゆる瞬間に、それを償いながら生きていかなければならない。
間違わないように「前もって」保険をかけようとばかり、努力することは、
ともすれば逆に、この世界の「正しさ」を曇らせていくことになりかねない。
このジレンマは、大人になるに従って誰もが巻き込まれていくものだけれど、
それをもっとも極端に代表してたのが、フジモトだと思う。

大事なのは、その必ず間違っている決断と、間違っていく世界を、
それにもかかわらずどれだけ「好き」でいられるか、ということ。
自分が今この瞬間にも犯しつつある「間違い」に対して、
どうやって責任を負っていくのか、ということ。