>>568
なんか微妙に認識にズレがあるな
君の言う「ゴッコ遊び」ってのは作中にガジェットして設定された虚構の枠組みのことだろ
押井作品史的にはBDの「夢邪鬼の作ったループする文化祭前日」から延々と続くやつだ
これで言うと「戦争というショー」とか「キルドレというのも伝説に過ぎない可能性」とかな

俺の言ってる押井映画の「ごっこ遊び」ってのは
そのガジェットとしての虚構含む物語全体が
それ自体虚構の物語であることを常に観客が意識し続けさせられるような
作り物っぽさのことを言ってる


君のいう意味でのゴッコ遊びというガジェットを使って
押井が今回訴えたかったのはあるいは君の推測するものであるのかもしれないが
俺のいう意味でのごっこ遊び感がある限り
いつものどおりの押井的な「芸術」というか「箱庭」というか
何を訴えかけようと
そういう小さな枠組みにとどまってしまって求心力が弱い気がするんだよね